2021年2月1日
デスノス『エロティシズム』刊行
ロベール・デスノス(1900〜1945)は、ご承知のように、1920年代に最もめざましく活躍したシュルレアリストの一人です。特に睡眠実験や詩作では、群を抜く成果を収め、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』(1924年刊)において「シュルレアリスムの神髄に最も近づいた人物」として最高の讃辞を呈され、逆に『第二宣言』(1930年刊)では、ジョルジュ・バタイユより長い紙面を割いて批判された人物です。ブルトンにとって、彼の存在はよほど大きかったと言わざるを得ません。(デスノスの人と生涯については、弊社刊『シュルレアリストのパリ・ガイド』(2018年刊)に詳述)。
そのブルトンが、当時のグループのパトロン的存在で、服飾デザイナー兼美術蒐集家のジャック・ドゥーセから、エロティシズムに係る論文を要請され、最も適任であるデスノスを推薦、1923年に、デスノスがこれに応えて書いたのが、今回刊行した『エロティシズム』(正式名:「近代精神の観点から文芸作品を通じて考察されたエロティシズムについて」)です。
当時、デスノスはグループで最も華々しく活躍していた時期に当たり、この論文も単なる叙述では終わらず、弱冠23歳とは思えないほどの豊かで鋭い見識と先駆性に満ちています。彼本来の情熱的な内的モチーフが脈打ち、ラブレーなど、名だたる古典を似非エロティシズムとして断罪する筆さばきは鮮やかです。この論文は、1957年発表のバタイユに先駆けること34年、人類がエロティシズムという概念に真正面から向き合った最初の文章であるといっても過言ではないでしょう。
この論文は、単行本化を予定されずに書かれたものだけに、ドゥーセが1929年に逝去した後も、長らく未公表だったわけですが、デスノス没後の1952年、未亡人のユキ・デスノスの協力により、セルクル・デザール(Cercle des Arts)社から限定版で刊行されたのが最初です。 その後、ガリマール社が1978年にデスノスの著述集に収録、そして、ようやく2013年、本論文単独で、サド研究の第一人者アニー・ル・ブランの長い序文を付して、ガリマール・イマジネール叢書の1冊として刊行され、これが今回の訳書の底本となっているわけです。
邦訳については、すでにセルクル・デザール社版を底本にした澁澤龍彦訳(1958年、書肆ユリイカ刊)がありますが、今回は序文「闇の底から愛が来たれり」と題するアニー・ル・ブランの、デスノスへの熱くて鋭いオマージュを指針として、訳文を一新しており、澁澤訳では分かりにくかった同書の目指すベクトルが明らかになることでしょう。
   誰か、愛によって押し流され、その不足の感情を経験したことはありませんか?
   それに対して、世界が突如、無限に開くことを感じたことはありませんか?
   ……私たちにとって唯一重要なのは、突如、物狂おしさの形象を取ることなのです
                                       ──アニー・ル・ブラン
アニー・ル・ブランが序文に書いた、この本質的な問いかけを胸に反芻しつつ、本書をお読みくだされば幸いです。
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